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『夏の終わり』は、森山直太朗の3rdシングル。2003年8月20日発売。発売元はユニバーサルミュージック。
概要
2ndミニアルバム「いくつもの川を越えて生まれた言葉たち」の収録曲からのシングルカット。 直太朗はさくらでも他の曲でもなくこの曲が生まれたときに、作家として確信したものがあるという。 歌詞は遠い恋人を想う様なものだが、時を経て今ではこの曲は反戦歌だと告白している。 メロディが出来た時、その時点で御徒町凧は反戦歌だと思ったという。 「本当はこのような曲が生まれない世の中が一番いい。だけど生まれてしまったこの曲を、責任もって歌い継いでいく。」と本人は言う。 直太朗は中村タイチのアレンジを、この曲に関しては特に評価している。
プロモーションビデオ
さくら(独唱)と同じく、本作のPVも一発撮りとなっている。つまり、CDとPVとの音源が違う。『夏の終わり』の初回版、および『永遠はオルゴールの中に』に収録されている(永遠は〜はディレクターズカット版)。
『二銭銅貨』(にせんどうか)は江戸川乱歩による短編推理小説である。1922年に執筆され、1923年、雑誌『新青年』(大正12年4月号)に掲載された。この作品で乱歩は評判になり、作家として生計をたてていけるようになった。後の活躍の出発点ともいえる重要な作品である。日本最初の本格探偵小説ともいわれる。
黒島伝治に同名小説(初出時は『銅貨二銭』)があるが、関連はない。
概要
作品そのものはポーの「外国為替
」を彷佛とさせる暗号物である。作中のセリフで「黄金虫」や「踊る人形」の言及があり、ベーコンの二記号暗号など暗号に関する蘊蓄が幾らか語られている。登場する暗号は換字法(Substitution Cipher)の一種(コード(Code)と換字法を組み合せたもの)であるが、単純に文字を別の文字や図形に置き換えたりするのではなく、工夫が有る。また平文にも分置式暗号(らしきもの)が埋め込まれていて、最後に明かされる。
ただし、暗号解読は「黄金虫」や「踊る人形」のような解読手法を適用して解き明かしていくものではなく、閃きと推測によるものである。
明治から昭和初期にかけて流通した二銭銅貨
少年探偵団作品
少年探偵団シリーズの1つに、同名の『二銭銅貨』で若年層向けにリライトした作品がある。探偵役も無名時代の明智小五郎ということになっている。
作品そのものは、江戸川乱歩名義だが、乱歩ではなくゴーストライター(氷川瓏)によって書かれた。
『にごりえ』は、樋口一葉の短編小説。1895年9月、「文芸倶楽部」に発表。
山梨県立文学館所蔵の未定稿によれば、当初の草稿では「ものぐるひ」「親ゆずり」の仮題が付けられている。
銘酒屋の遊女お力が、落ちつぶれて妻子とも別れた源七と情死するまでを描く。作者の住む丸山福山町を舞台に、ここに生きる住民を描写している。
あらすじ
丸山福山町の銘酒屋街に住むお力。おFX
は客の結城朝之助を愛したが、それ以前に馴染みの客源七がいた。源七は蒲団屋を営んでいたが、お力に入れ込んだことで没落し、今は妻子ともども長屋での苦しい生活をおくっている。しかし、それでもお力への未練を断ち切れずにいた。
ある日朝之助が店にやって来た。お力は酒に酔って身の上話を始めるが、朝之助はお力に出世を望むなと言う。
一方源七は仕事もままならなくなり、家計は妻の内職に頼るばかりになっていた。そんななか、子どもがお力から高価な菓子を貰ったことをきっかけに、それを嘆く妻と諍いになり、ついに源七は妻子とも別れてしまう。お力は源七の刃によって、無理とも合意とも知らない無理心中の片割れとなって死ぬ。
1928年から1946年までの香川県小豆島を舞台に、赴任したばかりの若い女性教師と、その年に小学校に入学した12人の児童のふれあいを軸に、日本の昭和戦前期の歴史の動向とを含めた作品である。
あらすじ
1928年、師範学校を卒業したばかりの大石久子訓導「CFD
」は、島の岬の分教場に赴任する。そこに入学した12人(男子5人、女子7人)の児童は、すぐに大石先生になつき、子供たちのあいだでは先生は人気者になる。しかし自転車に乗り洋服姿で毎日登校するおなご先生は"ハイカラ"であることを理由に、当初は村の人達から敬遠され、嫌われもした。面と向かって悪口を言われたことすらあった。
そんな折、大石先生は年度途中で子供たちの作った落とし穴に落ちてアキレス腱を断裂。分教場への通勤が不可能になり、町の本校へ転任が決まった。大石先生が不在の中、「おなご先生」を慕う子供たちの必死の働きかけもあり、大石先生が子供たちにとってかけがえのない存在であることを村の人達も知ることとなった。
1932年、子どもたちは5年生になり、本校に通うようになり、大石先生と再会する。しかし、児童のなかには家庭の事情で学校に行けなくなる子どももあらわれる。また、小学校卒業後の進路もさまざまである。1934年春、彼らの卒業とともに、大石先生は結婚して退職する。
長い戦争が終わった1946年、日経225
も戦争でなくした大石先生はふたたび教壇に復帰する。教師の道をえらび、母校に勤務しているかつての教え子の呼びかけで、12人(のうち消息のわかるもの)は大石先生と会合をもつ。しかし、男子5人のうち3人は戦死、1人は戦場で負傷し失明していたし、女子7人のなかで1人は病死、もう1人は消息不明のままである。時代の傷をかれらは背負っていたのである。
『日本沈没』(にほんちんぼつ/にっぽんちんぼつ)は、1973年に刊行された小松左京による日本のSF小説、及びこれを原作とした映画、テレビドラマ、ラジオドラマ、漫画。映画は、1973年と2006年に、ラジオドラマは1973年と1980年にそれぞれ2度製作された。本項では、続編『日本沈没 第二部』についても記述する。
小説
1964年から執筆が開始され、9年がかりで完成。当初は複数巻となる予定だった長編を出版社の要請で短縮し、上下巻とした。
1973年に光文社カッパノベルスより書き下ろしで上下2巻が同時刊行された。くりっく365
は3万部ずつだったが、版数を重ねるごとに出版数が増え、上巻204万部、下巻181万部の計385万部まで伸ばし「空前の大ベストセラー」とも評された。小松は1億2千万円の収入を得て、文壇長者番付の5位にランクイン。1974年、第27回日本推理作家協会賞を受賞。第5回星雲賞日本長編部門を受賞。
ベストセラーになったことにより、小松の知名度を上げるとともに、日本におけるSFの浸透に一役買うことになった。ベストセラーになった背景には、高度経済成長が一段落し、1970年の大阪万博に代表される薔薇色の未来ブームへのアンチテーゼとして登場したことの衝撃に加えて、1973年の狂乱物価とも言われたインフレ、石油ショックなどの社会不安があった。そうした風潮の中でノストラダムスブーム、終末ブーム、超能力ブームの端緒として語られることも多い。
1976年には、Michael Gallagher(en:Michael_Gallagher_(translator))により3分の1ほどの抄訳ながら、アメリカで『JAPAN SINKS』のタイトルで出版された。
元々は日本人が母国を失い放浪の民族になったらどうなるかをテーマに据えており、日本沈没はその舞台設定で、地球物理学への関心はその後から涌いたものだという。難民となって世界に散っていった日本人を描く第2部の構想(仮題は『日本漂流』)もあり、下巻の最後に「第1部・完」と記されていたが、下巻発刊後、長い間執筆されることはなかった。
物語
地球物理学者である田所雄介博士は、地震の観測データから日本列島に異変が起きているのを直感し、調査に乗り出す。潜水艇漕艇者の小野寺俊夫、助手の幸長信彦助教授と共に伊豆沖海底に潜った田所は、海底を走る奇妙な亀裂と乱泥流を発見する。異変を確信した田所はデータを集め続け、一つの結論に達する。それは「日本列島は最悪の場合、2年以内に地殻変動で陸地のほとんどが海面下に沈降する」というものだった。
最初は半信半疑だった政府も、紆余曲折の末、日本国民と資産を海外へ脱出させる「D計画」を立案・発動するが、事態の推移は当初の田所の予想すら超えた速度で進行していた。
各地で相次ぐ巨大地震。ほとんど動きがなかった休火山までが活動を始める。ズタズタに引き裂かれる日本列島で、死に物狂いで押し進められるD計画。果たして日本は沈没してしまうのか? 日本人の運命は日本とともに沈没してしまうのか?